大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1120号 判決

(一) 原審における控訴本人尋問の結果とこれにより成立を認める≪証拠≫によれば、滝口虎松の妻はつと巽勘治及び被控訴人は姉兄弟であること、控訴人は、昭和三四年六月四日金四一万円を、同年七月二三日金七万六、一〇〇円を、いずれも滝口虎松を連帯保証人として巽勘治に貸与したが、右の両名は弁済期が経過しても前記の借金を返すことができなかったこと、滝口虎松は、昭和三五年八月五日、控訴人宛に手紙を出し、借金の返済が遅れたことを謝するとともに、「弟とも相談して、虎松所有の土地を早く処分して一日も早く借金の決済をしたい。」旨確約していること、(もっとも右手紙にいう弟が被控訴人を指すのかあるいはその他の弟を指すのか手紙の文面上明らかではない。)その後控訴人は虎松方へ直接に出向き貸金の返済を申し入れその返済方法につき協議したところ、虎松は、同三七年一〇月二六日付で再度控訴人宛に手紙を出し、「巽勘治と話し合い、早速知合の処へお願いしたが、まとまった金も出来ずに困っている。しかし他にも融資をお願いしてあるから暫らく猶予してもらいたい。」旨申し入れていることを認めることができる。被控訴人は前記二通の手紙は巽勘治が滝口虎松の名義を使用して作成した疑いが十分であると主張するが、本件に現われた全証拠によるも、巽勘治が滝口虎松不知の間にその名義を冒用して右の各手紙を作成したものであることを認めるに足りない。

≪証拠≫によれば、滝口虎松は前記のとおり被控訴人の姉はつの夫であるが、昭和三六年頃負傷したため家業の自転車修理業の経営が思わしくなく、生活に困窮して来たので、同三七年二月九日斉藤伊之吉から被控訴人の保証のもとに金二五万円を弁済期同年五月八日の約束で借り受け、これを担保するために、虎松所有の本件不動産のうち原判決物件目録(三)の土地を除くその余の土地建物に抵当権を設定してその登記を経由し、右借受金二五万円のうち金一七万円は斉藤に対する旧債務の弁済に充て、残余は生活費、療養費等に費消したこと、虎松は弁済期が到来しても右債務を弁済することができず、さらに斉藤から金五万円を借り受けるのやむなきにいたったので、昭和三八年四月頃右合計金三〇万円の債務の代物弁済として前記の担保物件を提供する旨斉藤に申し出たこと、この申出を受けた斉藤は、病臥中の虎松が居住している右物件を受領するよりは、金員で返済を受けることを希望したこと、そこで虎松は被控訴人と相談した結果、被控訴人において金策のうえこれを代位弁済することとなり、被控訴人は妻の母である岩瀬よねから金二五万円を借り受け、さらに不足分は千葉銀行天津支店から借り受けたうえ、昭和三八年四月二二日頃金二五万円を、同年五月二三日頃金五万円を斉藤に代位弁済し、前記の抵当権設定登記についても同年四月二四日その抹消を受けたこと、そして被控訴人は、右代位弁済により虎松に対し取得した求償債権金三〇万円、および虎松に対し貸与していた金六万円の貸金債権の合計金三六万円の債権に対する代物弁済として、本件不動産所有権を虎松から譲渡を受け、同年五月二四日売買を登記原因として被控訴人名義に所有権移転登記がなされたこと、しかしながら虎松に対し貸金債権を有する控訴人としては、虎松が前記認定のように控訴人宛に手紙を出し、弟と相談し虎松所有の土地を処分して一日も早く借金を返済したい旨確約しておきながら、控訴人に対し借金を返済しないまゝ義弟の被控訴人宛に売買を原因として本件不動産につき所有権移転登記をしたのを知って、虎松ないし被控訴人に対し著しく不信の念をもつに至ったこと、加うるに虎松は前記の負傷により生活に窮しており、資産としては本件不動産以外にはみるべき物を有していないこと、被控訴人の実姉はつは虎松の妻であり、被控訴人が斉藤に代位弁済するための資金を借り受けた前記岩瀬よねは被控訴人の妻の母である(なお巽勘治および黒川誠は被控訴人の実兄である)こと、以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、虎松は自己所有の土地を処分して控訴人に対する貸金債務を返済する旨確約しながら、前記認定の経緯によるとはいえ義弟にあたる被控訴人に代物弁済として本件不動産の所有権を移転したのであって、この所有権移転の当事者の身分関係、および被控訴人が代物弁済の資金を調達した先が妻の母であることのほか、虎松がすでに生活に困窮する状態にありながら自己所有の殆んど全財産である本件不動産所有権を被控訴人に譲渡した点等を併せ考慮するときは、少くとも虎松に対する貸金の債権者であり、かつ前記認定のように虎松に対し再三請求をし同人から同人所有の土地を処分した金で貸金債務を弁済する旨の確約を取りつけていた控訴人としては、虎松の被控訴人に対する本件不動産所有権の譲渡行為が両者の通謀虚偽表示に基くものか、ないしは控訴人に対する関係において詐害行為に該当すると考えるのは無理からぬ点があると思われる。このことは、虎松が斉藤に対する貸金債務の担保として提供していた物件は原判決物件目録(三)の土地を除くその余の本件不動産であるのに、右債務の代位弁済により被控訴人が虎松に対し取得した求償権を主要な債務としてなされた代物弁済において、他に金六万円の虎松に対する債権を含むとはいえ、虎松所有の殆んど全財産である本件不動産の所有権を被控訴人に移転したことをも考慮すると、一層明らかである。してみれば、控訴人が前記の所有権譲渡を目して通謀虚偽表示ないし詐害行為と主張し、右行為の無効ないし取消を主張して、被控訴人主張の仮処分申請ないし本案訴訟提起をしたことに過失はないと認めるのが相当である。≪証拠≫によれば、被控訴人主張の仮処分異議訴訟および本案訴訟の第一審判決においては、前記の所有権譲渡が通謀虚偽表示である旨の控訴人の主張が認められ控訴人勝訴の判決が言渡されているが、このことは、控訴人の仮処分申請ないし本案訴訟提起が少くとも控訴人の過失に基因するものではないことを、結果的にではあるが徴表する一資料である。(もっともこの第一審判決は前記のように東京高等裁判所において取り消され、控訴人敗訴の判決が確定しているが、虚偽表示の立証が実務上頗る困難であることをも考慮すれば、後に上級審において取り消されたとはいえ、控訴人勝訴の前記第一審判決がなされたことは、少くとも控訴人に前記過失がないことの一徴表であることにかわりはない)。

(久利 栗山 館)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!